何があっても大丈夫
自分の心の中にある美しい心は 悟っていようと 悟っていまいと どの社会においても 最も優れていて 最も尊いものです。 その心自体が本尊なのです。
弘法大師空海
我が本来自性清浄の心な、世間出世間において最勝最尊なり。 故に本尊という。
『秘蔵記』
仏師という木から仏様を彫る方々がおります。
いろいろな掘り方はありますが、どれもとても美しく素敵だなあと感心します。
お聞きしたのは
「仏様を彫っているのではありません。木の中にもともとあるお姿を出しているだけです。」
なるほどなあ、と思います。どんな木の破片にも仏様は入っているのです。
私達も同じです。
美しい心をこれから磨いて出すのではなく、磨かれた美しい心は既に私達自身の中に既にあります。
それを表に出していく作業。
それが生きることです。
この作業を修行といったりもしますね。
ここに気がついて生きるのと、ただ心を振り回されて生きるのでは人生の辛さは全く違うものに。
心の中に元々ある美しい宝は、誰にも盗まれる心配もないですし増えもしないし減りもしません。
どんな不測の事態になろうと失くなることもありません。
何があっても大丈夫。
この心を安心といいます。
どんな辛いことが起きてもその宝を出している作業をしているのです。
今日も笑顔でぼちぼちと。
より良い一日になりますように。
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